『 起 動 』

デンゲン ガ ハイリ マシタ
メインシステム ヲ キドウ シマス・・・・・・・
・・・・・・・OK
シカク システム ドウサ OK
チョウカク システム ドウサ OK
・・・・・・・
ヘンカン プログラム キドウ シマス・・・・・・・
・・・・・・・OK
全システムが正常に開始されました


 カリカリ・・・・カリ・・・
 メインメモリを読み込む。
 『民間輸送船コギトエルゴスム』
 地球へ向かう宇宙船。
 ここが現在いる場所。
 OK、時代・場所の認識完了。
 アイ・システムから視覚情報が入ってくる。
 視覚情報は次第に形を整えていく。
 すぐ目の前に何かが像を結ぶ。
 ・・・これが『ヒト』。
 目の前の『ヒト』は『音』を出した。
「‥‥‥よし‥‥‥完成だ! 動いてくれよ〜‥‥」
 今いる部屋には『ヒト』とボクしかいない。
 どうやらこの『ヒト』はボクの『制作者』らしい。
 メモリと辞書の読み込みが終了したので、最後に動作プログラムを起動しはじめた。
「あれ? おかしいな‥‥変だな‥‥これでいいはずなのに‥‥」
 『制作者』はボクが早く動くことを望んでいるらしい。
 しかし動作プログラムはまだ読み込めていない。
 何か別なものでレスポンスを返そう・・・音はどうだろう。
「キュルル」
 OK。
 『声』が出せた。
「う‥‥動いた動いた! いいぞいいぞ! 僕の声がわかるかい?」
 ボクはもう一度『声』を出した。
「そう! 僕の名前はカトゥーだ。K・A・T・O‥‥カトゥー。おはよう! ええっと‥‥あ、そうか! まだ名前がなかったね。」
 『制作者』=『カトゥー』はどんどんと続けていく。
 『カトゥー』は焦げ茶の髪と瞳で、標準的な顔立ちと体型をしている、男。
 特徴は『めがね』と『帽子』だろうか。  ボクは『制作者』のことを記録していった。
 しかし・・・『名前』とは何だろう。
 ボクは辞書を検索した。
「そうだな、丸いから‥‥コロ! ‥‥いや‥‥犬じゃないしな‥‥ それじゃ丸いけど‥‥いっそのこと逆に‥‥」
 『名前』は個体の識別のためにつけるものだが、ボクらについている認識番号のような整然としたものではない。
 もっと色々な意味合いを持つ・・・らしい。
 検索したもののよく解らなかった。
 そのうち理解できるだろうか。
「‥‥うーん、いい名前がうかばないな。ま、歩きながら考えるとするか‥‥よし、こっちにおいで。」
 『カトゥー』はそう言って部屋を出ていった。
 動作プログラムもすでに起動し終えていた。
 おいでといっていたから、ついて行かなくては。

「おーい、こっちだよ。」
 『カトゥー』は部屋を出るとどんどん進んでいく。
 しかし時々振り返って声をかけてくれるので迷う心配はない。
 部屋を出て右へ曲がり、長い通路を進む。
 『エレベータ・ルーム』へ突き当たると、今出てきたハッチの、隣のハッチの通路を進んでいく。
 再び長い通路を歩き、途中で右に別れた通路にはいる。
 『カトゥー』はある部屋の前で止まった。
 『メイン・コンピュータ タンマツシツ』
 扉の横に付いてあるプレートにそう表示されている。
「これから、おまえをこの船の一員として登録するからね。でないと船内を自由に歩けないんだ。」
 『カトゥー』はそういって部屋に入った。
 ボクも続いて入る。
 部屋の広さは『カトゥー』の部屋の倍くらいだ。
 部屋中にいろんな色のコードが走り、それらは中央に備え付けられている端末に続いている。
 端末とは言ってもその大きさは結構ある。
「あ、ダメだよ勝手にさわっちゃ。」
 『カトゥー』はボクに注意し、端末に触れる。
 瞬時に指紋認証が済み、同時に端末のボイス・システムが働く。
「オハヨウゴザイマス カトゥー サン。 ゴヨウケンヲ ドウゾ。」
「おはよう! 乗員登録を頼む。」
「カシコマリマシタ‥‥」
「ええと‥‥新規乗員‥‥作業機械‥‥‥で‥‥‥‥と‥‥」
 『カトゥー』は呟きながら、慣れた手つきで入力していく。
 端末は少しだけ、カリカリとデータを書き込む音を立て、『トウロクシュウリョウ』とレスポンスした。
「さてと! 、これで君も一人で部屋に出入りできるようになったよ。自分の名前は忘れちゃダメだよ。」
「ハジメマシテ 。 ワタシハ コノフネノ メインコンピュータ デス。ナカマドウシ ナカヨクシマショウ。」
 『カトゥー』はボクにも『名前』をつけた。
 『メイン・コンピュータ』は早速ボクの『名前』を呼んでくれた。
 こちらこそ、よろしくおねがいします、とボクは『声』を出した。
 『カトゥー』は端末の処理を続けながら、そのまま話を続ける。
「個人の部屋は、ひとつずつ安全管理を行なっているんだけど‥‥もし入れるようになったときは、ドアの前で名前の入力を求められるからね。部屋の出入りで困ったときは、とりあえず‥‥ ドアに向かって左のパネルを調べてごらん。もう一度言おうか?」
 OK、全てインプットできた。
 ボクは『NO』の合図に、低く『声』を出した。
 『カトゥー』もちょうど端末の処理を終えた。
 またどこかへ移動するらしく、『カトゥー』はドアの方へ向かった。
「よし、次だ、。今度は自分でついて来るんだ。このフロアのどこかに僕がいるから探してごらん。」
 『カトゥー』は今度は少しも振り返らず、走るように部屋から出ていってしまった。

 ボクはひとまず来た道を戻ることにした。
 端末室を出て突き当たった通路を左に曲がる。
 『エレベータ・ルーム』で突き当たる。
 『エレベータ・ルーム』にはエレベータと、長い通路へと続く二つのハッチしかない。
 『カトゥー』はこのフロアにいると言っていたからエレベータは関係ないな。
 『エレベータ・ルーム』からもう一つの通路へ進む。
 長い通路の左側は3ヶ所枝分かれしており、その最初の方が『カトゥー』の部屋のある通路だ。
 『カトゥー』の『生活用モジュール』以外に3つ『生活用モジュール』があったが、どの部屋も許可が与えられていないと返された。
 次の枝分かれ通路には、通路を入って左側に2部屋、右側には他の部屋よりずっと大きいドアが一つ付いていた。
 左の2部屋はやはり『生活用モジュール』で、許可がないので入れなかった。
 大きいドアの方は『リフレッシュ・ルーム』で、近づくと静かにドアが開いた。
 中央には大机が置かれ、正面の壁には大きなモニターが掛かっている。
 部屋の半分はパーティションで区切られて、何かのゲーム機があるコーナーと、調理機械のあるコーナーがあった。
 しかし『リフレッシュ・ルーム』内には誰もいなかった。
 モニターの横にもドアがあり、そちらの通路は他に何もなく、そこは長い通路からの枝分かれ通路の3つ目だった。
 長い通路はまた『エレベータ・ルーム』に突き当たった。
 その『エレベータ・ルーム』もやはり二つのハッチと一つのエレベータがあるだけだった。
 このフロアは細長い額縁型で中央が空洞になっており、『エレベータ・ルーム』を区切りに生活エリアと医療エリアに分かれているようだ。
 だとしたら、後は『端末室』の隣になる区画を見ていないな。
 ボクは通路を進んだ。
 こっちの通路も3つに枝分かれしており、最初の通路は大きなドアが一つ。
 そこは『コールド・スリープ・ルーム』で入ることができなかった。
 次の通路は左右の壁に一つずつ大きなドアがあり、そこに『カトゥー』がいた。

「よくこれたね。偉いぞ。」
 『カトゥー』はボクを持ち上げ、頭を触った
 おそらく『抱き上げ』て、『なでた』のだな。
 残念ながら触覚がないのでその感じは解らなかったが、とてもいい気分だ。
「さ、ここだ。これから僕の仲間達を紹介するよ。このドアのむこうは『コールド・スリープ・ルーム』といってね‥‥宇宙で長い旅の途中にここで冷凍睡眠に入るんだ。」
 『カトゥー』はボクを抱き上げたまま、『コールド・スリープ・ルーム』へ入った。
「そこで、おまえに頼みがある。もうすぐ地球に着く頃だから、眠っているみんなを起こしてほしいんだ。」
 『カトゥー』はそう言い、ボクをそうっと下ろした。
「頼むよ!」
 ボクは部屋の壁沿いに並ぶカプセルの一つを覗いた。
 中には『ヒト』がいて、カプセルには『ネームプレート』が付いている。
  コールド・スリープ・カプセル
  カーク・パイロット
 『ネームプレート』にはそう書いてあった。
 さらにその横に、何かスイッチが点滅していた。
 どうやらこれを押せばいいようだ。
 ボクはスイッチを押した。
 すると空気が抜ける音がして、カプセルのふたが動いた。
 中の『ヒト』はゆっくり目を開き、上体を起こして伸びをした。
 金髪に青い目で、『カトゥー』よりもずっと大柄な、男。
 髪は短く刈り上げられている。
 ボクは早速特徴と『名前』をインプットした。
「いいぞ、。えらいぞ!」
 『カトゥー』が後ろでボクをほめた。
 その次と、さらにその次のカプセルは、もう空いていた。
 『ネームプレート』に『カトゥー・メカニック』『ホル・輸送船コギトエルゴスム船長』とある。
 そうか、『カトゥー』と『ホル』は、もう起きているのか。
 ひとまず、『名前』だけをインプットしておくことにする。
 今度は反対側へ行って、同様にカプセルを開けていく。
 『カーク』の向かいは『通信技師』の『レイチェル』。
 カークと同じ金髪青眼で、すごくスタイルの良い、女。
 いわゆる『美人』。髪は高く結い上げている。
 『貨物管理・船長補佐』の『ヒューイ』。
 真っ黒な髪と眼をしていて、『カトゥー』と同じような体型の、男。
 髪は長めで天然パーマで、一つにまとめている。
 その次の『ヒト』は無言で起き、ボクを一瞥した。
 なんだか睨んでいたようだ。
 『ネームプレート』は『予備カプセル』と書いてあるので、『名前』は解らない。
 スキンヘッドと髭が特徴的な彼は他の誰よりも大柄で、無駄なく引き締まった体をしており、瞳は焦げ茶色だ。
 全員が起きたことを確認すると、『カトゥー』はみんなに向かって話した。
「みなさん、おはようございます!」
 これは、起きたときにする挨拶らしい。
 皆が皆、それぞれに挨拶した。
 それから『カーク』がボクを見た。
「ところで‥‥何だこの丸いの!」
「あら! もしかして、カトゥーの作っていた‥‥」
「はい、って名付けたんです。」
 『カトゥー』は『カーク』と『レイチェル』にボクを紹介した。
「やっと完成したのか?」
「ええ、学習システムも大変だったんですが、そっちはずっと少しずつ進めていたから‥‥むしろ船内の部品で愛着の持てる外見を作るのが一番大変でしたよ。」
 『カトゥー』はにこにこして、そう答えた。
 ボクは『よろしく』と声を出した。
「まあ可愛い! 私はレイチェルよ。 よろしくね、!」
「Nice to meet you、! オレはカークだ。」
 ボクはキュルルと返事をした。
「う‥‥ううん‥‥静かにしてくれよ‥‥」
「あら、ヒューイったらまだ寝ぼけてるわ。」
「それじゃひとつ、にヤツを起こしてもらうか。」
 『カーク』がボクに言った。
「やってごらん。」
 『カトゥー』がボクに言った
「ハデにたたき起こせ!」
 『カーク』はそういうが、『ハデにたたき起こす』のはどうすればいいか解らない。
 とりあえずボクは少し後ろに下がって、カプセルに軽く体当たりした。
「ん‥‥‥‥カーク‥‥そうやって、人の枕許をけとばすのはやめろって‥‥前にも言っただろう‥‥」
 『ヒューイ』は寝返りを打って、こっちを向く。
 ボクと目が合う。
「な‥‥! 何だ!? この小さいのは!?」
 たちまち『ヒューイ』はカプセルから飛び起きた。
「よう、ヒューイ。ちゃんと起きてるか? そいつはカトゥーが作ってた、例のロボットだよ。」
「ん‥‥あ‥‥? ロ‥‥ロボット?」
 『ヒューイ』は次第に落ち着きを取り戻し、くしゃくしゃになった髪をくくり直して、改めてボクを見た。
「ああ、カトゥーが作ってた‥‥やっと完成したのかい?」
「はい。 ヒューイさんの発想も少しお借りしたんですよ。」
「へえ‥‥ 僕の名はヒューイだ。」
 『ヒューイ』はボクに手を差し出した。
 『ヒト』は親交を深める際に、こうするそうだ。
 ボクは『ヒューイ』の手にアームを伸ばした。
 後ろで、予備カプセルの『ヒト』がゆっくり起きあがった。
 『カーク』が挨拶する。
「ダース伍長。お目ざめはいかがです?」
「ふん‥‥コールドスリープから気持ちよく目覚めたなんて、聞いた事がないがね‥」
 『予備カプセル』の『ヒト』は、『ダース』というのか。
 『レイチェル』が『ダース』にボクのことを説明してくれた。
「伍長‥‥カトゥーが作ってたロボットが完成したんです。っていうんですよ。」
「‥‥!! フン‥‥私はいい。」
 『ダース』はカプセルから立ち上がり、歩きながら続ける。
「どうでもいいが‥‥そいつもこの船の中を勝手に歩きまわるのか‥‥精々ジャマにならない様しつけてほしいものだな。‥‥ミーティングがあるのだろう? 私は先に行くよ。」
 そう言うと、『ダース』は一人『コールド・スリープ・ルーム』を出ていった。
「さすが軍人‥‥石頭ね!」
 『レイチェル』はつぶやき『カーク』は何も言わず、二人も『コールド・スリープ・ルーム』を出ていった。
「そうだ‥‥僕達は目ざめると、まず『リフレッシュ・ルーム』でミーティングをやるんだ。もおいで。なに、ダース伍長だってそのうち解ってくれるよ。」
「ほとんど人間あつかいだな‥‥君らしいよ、カトゥー。」
「え、そうかなあ?」  『ヒューイ』は首を振ってからそう言って、『コールド・スリープ・ルーム』を出ていった。
 どうやら『ヒト』は、あまりボクらを『人間扱い』しないらしい。
「おいで、。」
 『カトゥー』も『コールド・スリープ・ルーム』を出ていった。
 ボクは『カトゥー』の後を追いかけた。



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