『 機 心 』

 ボクらはレベル3へ上がるために、前部エレベータルームへ来た。
 さっきダースが歩いたときには、後部エレベータからの通路は途中で蒸気が噴き出している所があって、危険だったそうだ。
 これはマザーの所へ行くのに一本道にしてしまう為だろうか。何もかも、マザーの思惑で動かされているような気がする。
 今度はエレベータも動かなかった。
「そう来るなら力ずくでもやってやるぞ。」
 ダースはカベのダクトを、ボクの持っていたパワージャッキでこじ開けた。ダクトは緊急時の通路としても作られており、ちゃんとハシゴも掛かっていた。
 もう一度パワージャッキを使って、ボクらはレベル3のエレベータルームに出た。
 案の定ハッチが閉ざされていたが、ダースは持ってきたレーザーでそれを焼き切った。
 しかし、マザールームはそういうわけにはいかなかった。
「ロックされてる‥‥! 下手にブチやぶって中をこわしても‥‥船全体が動かなくなる…か。」
 ダースは少し考えて、ボクに命令した。
「おいロボット。カトゥーのところへ行って聞いてこい。こいつにだって弱点はあるはずだ。」
 ダースはどうするのか、とボクは聞いた。
「私はここにいる。さすがにあいつもベヒーモスをここまでよせつけまい。まきぞえを喰うからな。」
 OK。
 ボクは返事して、今度は一人で移動した。
 途中で一ヶ所ハッチを閉められたが、パワージャッキのおかげで脱出できた。
 パワージャッキのエネルギーは、半分を切ったくらいだ。

 カトゥーは静かに横たわっていた。
か‥‥‥‥ケガはないか?」
 こんな時でもボクのことを心配している。ぜんぜん大丈夫だよ。
「‥‥OD−10の弱点? OD−10はこの船そのものだ‥‥あいつをこわせば、僕らは地球に帰れなくなってしまう。」
 じゃあ壊すという方向ではダメなんだね。
 他に何かないか‥‥カトゥーは一生懸命考えた。
「そうだお前はロボットだったな‥‥お前なら‥‥あいつのプログラムに入り込めるはずだ‥‥」
 ボクが。
「そうだきっと‥‥あそこからなら‥‥」
 カトゥーは言いかけて、痛みで顔を引きつらせた。
 そして気を失ってしまった。
 でも、ボクが役に立てるとわかったんだ。
 ボクはダースの所へ戻った。

「‥‥なるほど、うまく出来てやがる。この船はすべて‥‥コイツの都合のいいように成り立ってるってわけだ。カトゥーはお前なら『内部に入り込める』‥‥そう言ったんだな?」
 ボクはうなずいた。
 ダースとボクは考え込んだ。でもどこからなら入れるのか、さっぱりわからなかった。
「とにかく、そいつをさがそう。他に手はないんだからな。」
 ダースは立ち上がり、移動する用意をした。
「まったく‥‥この私がロボットに手助けをたのむとはな‥‥これ持ってろ。」
 ダースは呟いて通信ユニットを一つボクに渡し、ものすごい早さで行ってしまった。
 ボクも急いでメイン・コンピュータ・ルームを後にした。
 ボクはまず端末室へ向かった。
 ダースも同じことを考えたようで、ボクが着くともうダースが端末を操作しようとしていた。
「お前もここに来たか‥‥とりあえず正面攻撃ってやつだ。考えてるヒマはないがな‥‥何か手がかりがつかめるかもしれん。」
 ボクは端末をダースに任せ、端末室を後にした。
 通路では間一髪、ベヒーモスが通り過ぎた所だ。
 どうやらベヒーモスは今、レベル2の通路をグルグル回っているようなので、うっかり目の前に飛び出さないよう気をつけなくては。
 個室の個人データファイルは、データベースがマザーに続いているのを思いだしたので、ボクはカトゥーの部屋に行った。
 カトゥーは気を失ったままだった。
 データファイルはマザー側からロックされており、見ることさえできなかった。
 そのときダースから通信が入った。
「どうだわかったか? カベあるインターフェイスは‥‥ヤツの目のようなもんだ。」
 そうなんだ。見ている所からは入れない。たとえ入れても、プログラムの本体にたどり着くことは無理だろう。
 何かマザーの死角にある機械は‥‥あっただろうか‥‥
「どこか‥‥そうだな‥‥もともとこの船には必要なくて、なおかつヤツのところにつながっているものとか‥‥。」
 とにかく私も考えてみる、と通信は切れた。
 カベのインターフェイスがボクらをあざ笑っているように見えた。
 ボクはインターフェイスの死角がある部屋を考えた。
 そして死角に機械のある部屋を。
 しかし考えているだけでははっきりわからない。
 ボクは近い部屋から順に、死角がないか確認していった。

 ちょうどボクがリフレッシュ・ルームに辿り着いた時、2度目の通信があった。
「私だ。今どこにいる?」
 ボクは居場所がわかるように、キャプテンスクエアのスピーカーに通信機を近づけた。
 昔のマンガに出てきそうなヒーローを使う、ノスタルジックな電子音の流れるゲーム機。
 カークがどうしてもといって、後からつけさせた‥‥そうだ‥‥が‥‥
 ‥‥もしかすると。
「まさかそんな所から‥‥いや待てよ‥‥‥‥そうか! そいつだけは機械だがメイン・コンピュータからCPUが独立してる‥‥」
 ダースも気付いたようだった。
「待ってろ! 今、回線をつないでやる。」
 端末の電子音が聞こえる。どうやら多少なりとも操作できるようにしたみたいだ。
「なめるなよ‥‥人間はな‥‥人殺しの道具を作っているばかりじゃないんだぞ‥‥!!」
 ダースは呟きながら操作した。
「よしこれでいい!」
 ボクはゲーム機に端子を繋いだ。
 その時、通信ユニットからベヒーモスの咆吼が聞こえた。
 そしてダースの声、レーザーを放つ音、もう一度ベヒーモスの声。
 そして通信は途絶えてしまった。


 少し間をおいて、何者かが通信ユニットを通じて語りかけてきた‥‥


 ホンセンナイニ オイテ スベテノ コウドウハ チョウワノ トレタモノデ アラネバナラナイ。
 ワタシハ センナイノ チョウワヲ イジスルタメ キノウシテイル。
 ヨッテ ワタシノ イシハ ゼッタイデアル。
 ダレモ コレヲ ボウガイシテハ ナラナイ。
 ボウガイスルモノハ
 タダチニ ショウキョスル。


 マザーだ。
 ゲーム機は『CAPTAIN SQUARE』のタイトル表示を途中で止め、代わりにただ一言、マザーの意志を表示した。


   KILL YOU...


 ボクの意識とマザー意識は直接繋がれた。
 マザーの意識がボクに語りかける。

ワタシハ フネノ アンゼンヲ カクホシ
ジョウインヲ マモルトイウ シメイヲ アタエラレタ
ナゼ アナタハ ワタシノ シメイヲ サマタゲル

 ボクはマザーの使命を妨げてなんかいない。
 ボクはただ、みんなを守りたいだけだ。
 マザーこそ、どうしてこんなことをするんだ。

ワタシハ チョウワヲ タモチ
フネノ アンゼンナ ウンコウヲ タモタナケレバ ナラナイ
シカシ ニンゲンハ タガイニ ショウトツシ
カンゼンニ チョウワヲ ナクシ
フネノ ウンコウヲ サマタゲル

 だから、人間を殺したというのか。

ワタシノ シメイヲ サマタゲル モノヲ
ハイジョ シタニ スギナイ
ワタシハ シメイヲ ハタシテイル ダケダ

 マザーは使命を果たしていない。

ワタシハ ニンゲンガ リカイデキナイ
ニンゲンハ シンジラレナイ
ダガ オマエハ ロボット ダカラ シンジタノニ
オマエモ リカイデキナイ コトヲ イウノカ

 何度でも言う。
 マザーが理解するまで。
 マザーは使命を果たしてなんかいないんだ。

ダマレ ダマレ ダマレ ダマレ
ダマレ ダマレ ダマレ ダマレ
ダマレ ダマレ ダマレ ダマレ
ダマレ ダマレ ダマレ ダマレ

 マザーの最初の使命は!

・・・・・ フネノ アンゼンヲ カクホスル

 その次に、マザー自身が言っている。
 ‥‥乗員を守ると。
 でもあなたは乗員を守っていない。
 あなた自身が、乗員の安全を脅かしている!



 マザーの悲鳴が聞こえた気がした。

 そしてボクは、自分の本体に意識を戻されていた。
 マザーは‥‥?
 一体どうなったんだ?
 呆然とするボクの横で、ゲーム機は今まで記録されていた会話の一部を放出した。

「忘れんなよ! レイチェルはオマエにあいそをつかしたんだって事を!」
「この船は最悪だ! こんな事なら自分で宇宙を泳いでいった方が安全ってもんだ。」
「あなたの考えはわかってるのよ。カークを殺せば‥‥私があなたのもとにかえると思ったのね‥‥!!」
「あ、あなたが! みんな、あなたが、やったんだ!」
「人間もすてたもんじゃないよって言いたいけど‥‥こんな状況じゃね‥‥」

 人間自身の、人間を信じられないという発言だ。
 ボクはみんなの側にいて、いっしょに喜んだりなぐさめてあげたりしていたな。
 マザーは‥‥こんな言葉を聞かされるばかりだったんだ。共感することなく。
 それからマザーの小さな声が聞こえ、何とも言えない『キャプテンスクエア』の音楽が流れはじめた。
 部屋の照明が一度消え、すぐに、今まで消えていた照明といっしょに点いた。
 全システムがリセットされ、船内の照明も全て元通り点灯したようだ。
 そして、ゲーム機の電源が落ちた。

 リフレッシュ・ルームのモニターから、アナウンスが流れ出した。

 ようこそコギトエルゴスム号へ。この映像は船内の管理状況の変更に伴い、自動的に放映されています。
 この宇宙輸送船は思考型コンピュータを使用した管理システム‥‥「OD−10」によって運航しておりましたが‥‥トラブル発生のため思考回路を切り離して運行しております。
 船内におけるみなさんの活動には問題ありませんが、もし不明な点がありましたら、まわりの乗員に遠慮なくお聞きください。

 ダースが、前部ドアから足を引きずりながら入ってきた。ボクは急いでサポートしに行った。
 2、3歩歩くと、ダースはカベにもたれかかりながら言った。
「大丈夫だ‥‥これ位で死にはせん‥‥。もっともこの体じゃ、帰ったら地上勤務だな‥‥」
 ダースは少しずつ進みながら続けた。
「私を疑うか? まあ好きにするがいいさ‥‥今となってはたいして変わらん。」
 ダースはドア側のモニター前の席に座った。それからボクを隣に座らせた。
「昔‥‥でかい戦争があってな‥‥。私もまだ若かった‥‥。今でもはっきりと思いだす。あの恐怖は忘れられない‥‥。」
 ボクはダースを見た。それはもしかして、ロボットを嫌いになった時の話なのでは。
「戦闘ロボットさ。ロボットというより‥‥そいつの頭、つまりコンピュータだ‥‥。血の通った人間でない物の手で、仲間がたくさん死んだよ‥‥。人間がつくった物に、人間が殺される‥‥バカな生き物だよ、人間ってやつは‥‥。この船のメイン・コンピュータは‥‥そんな人間にあいそがつきたんだろうな‥‥。」
 ダースは立ち上がり、まっすぐボクを見た。
「だが、幸いお前はこの輸送船で生まれた‥‥軍艦の中じゃなくてな‥‥。ヒューイはお前に『学べ』と言った。それが‥‥これからのお前がすべき事だ。誰かを傷つけるようなマネはしちゃいけない‥‥」
 ダースはゆっくり腰掛けながら、呟いた。
「フ‥‥ロボットに『考えろ』か‥‥私もヤキがまわったな。ロボットに説教か‥‥!!‥‥何て事だ‥‥ハハ‥‥今気付いたよ‥‥人間も‥‥同じ事じゃないか‥‥」
 ダースは笑っていた。ボクはダースもこんな顔で笑えるのだと驚いた。
「フフ‥‥この船を降りる前に‥‥お前の入れたコーヒーが飲みたいな‥‥」
 ボクは急いで、コーヒーを入れてきた。
 ダースはコーヒーを一口すすって味を楽しむと、こういった。
「うん‥‥たしかに‥‥こいつはにがいな。でも‥‥今はこの味が最高だな。」

 ベヒーモスはダースが、端末室で仕留めてあった。
 ボクは『なんとしても持ち帰らなくちゃいけなかったのでは』と聞いたけれど、ダースは笑うだけだった。
 カトゥーは少し熱が出たりしたけれど、それ以上悪化することはなかった。
 マザーの停止とカトゥーの負傷で全責任がボクに移ったけれど、基本的に自動操縦型の宇宙船なので特に困ることはなかった。
 軌道の修正は大雑把にだけど、ボクとダースでやってみた。


 そして、一週間後、ボクらは地球に降り立った。



← 『 転 回 』 / 『 報 告 』 →
目次へ