『 転 回 』

 ボクらはすぐにカトゥー達に追いついた。
 ‥‥部屋へ行く途中の通路で、ヒューイとレイチェルが倒れていた。多分、ベヒーモスに襲われたのだと思う。
「ヒューイさん!」
 カトゥーはヒューイの方を揺すった。ダースは向こうに倒れているレイチェルの方を看に行った。
「レ‥‥レイチェルは‥‥」
 ダースはレイチェルの脈を確認すると、うなずいてからヒューイの方に来た。
「大丈夫です。レイチェルさんは生きてます‥‥」
 それを聞いて、ヒューイはほっと溜息を付いた。
「無茶ですよこんなこと‥‥」
「‥‥い、いいんだ。ぼ、僕は、ただ‥‥今でも、レイチェルが‥‥」
 ヒューイがその続きを話す事は、もうなかった。
 カトゥーの目から涙が流れた。
 ダースはカトゥーに、どうしたらよいかと尋ねた。
「‥‥彼女は生きてる。なんとかしないと。」
「コールドスリープのカプセルに寝かせましょう‥‥あれなら大丈夫です‥‥」
 カトゥーは涙をぬぐってから答え、ボクを見た。
「‥‥。お願いがあるんだ。」
 OK、カトゥー、ボクにできる事なら何でもするよ。
「端末室へ行ってくれないか? メインコンピュータにたのんで‥‥船長室のパスワードを調べて来てほしいんだ。船長の無事を確認しないと。」
 OK、おやすいご用だよ。
「今、船内が危険な状況なのはわかってる。でも、お前にしか頼めないんだ。大丈夫さ、きっとなんとかなる。いっしょに地球へ行こう!」
 それからカトゥーとダースは、それぞれレイチェルとヒューイを背負った。
「いいか、行くぞ!」
 カトゥーとダースはコールド・スリープ・ルームへ、ボクは端末室へと向かった。

 ベヒーモスに気をつけながら端末室まで何にも会わずに来たけれど、ベヒーモスは端末室の前にいた。
 しかしボクに気付いたようでも、捕まえられたときに大量に打たれた麻酔がまだ効いているのか、動きはとてもゆっくりだった。
 ボクはベヒーモスの間をすり抜け、端末室へ転がり込んで、内側からロックした。
「センチョウシツノ パスワードデスネ? ショウショウ オマチクダサイ」
 マザーはちゃんと状況を読んでいて、すぐにパスワードを調べてくれた。
 でも状況がわかっているなら先に用意しておいて欲しいけれど、と思うのはボクの勝手かな。
 マザーはこの船自身だから、きっと他に色々優先してやらなくちゃいけないんだろう。
 ベヒーモスは何度かドアに体当たりしていたけれど、やがて諦めたのか鳴き声もしなくなった。
「ハンメイ シマシタ ムゾウサナ モジノ クミアワセノ ヨウデス パスワードハ O A K F D E マチガイ アリマセン」
 ありがとう、マザー。
 ボクはパスワードを記録すると、ロックを解除して飛びだした。
 端末室とコールド・スリープ・ルームは一本隣の通路だから、もうすぐだ。
 でもベヒーモスがまだゆっくり移動しているようだから、そっちに行っていなければいいんだけど。
 そう思いながら通路を曲がると、ベヒーモスがいた。
 しかもなぜか向こうの通路のハッチが閉まっていて、ぐるっと遠回りしてコールド・スリープ・ルームに入るのはできないようだ。
 ボクはドアの所にいるベヒーモスをギリギリまで引きつけて、ベヒーモスの足元を転がっていった。
 ボクがドアにぶつかると、カトゥーはすぐにドアを開けてボクを入れてくれた。
 丸い形をしていて本当によかった。
!無事だったか。」
 ボクは急いで、船長室のパスワードを出力した。
「‥‥よし、これだな! ありがとう!」
「ぐずぐずしてられん。これ以上何か起きる前に行くぞ!」
「でも、まさか‥‥僕にはそうとは思えない。」
「じゃあ誰がやったと言うんだ? 私か?」
「いや、そんな‥‥」
「とにかく開けてみれば全てわかることだ。」
 どうやらボクが端末室へ行っている間に、ホルが全ての原因かもしれないという話がでたようだ。
 ボクらはベヒーモスがどこかへ行ったのを確かめてから、コールド・スリープ・ルームを後にした。

 船長室へは何事もなく辿り着いたが、もうこれだけ色々あったら、何もないのもかえって怖い。
 カトゥーはさっそくパスワードを入力した。
「あ 開かない!」
 ダースが舌打ちする。
「なにしてる! カギごと壊しちまえ!」
「わかってますよ! それぐらい考えてます!」
 カトゥーは次に、パワージャッキでドアをこじ開けた。
 ちょっとこれ持っててくれ。」
 ボクがそれを受け取ると、次に一本のコードを切った。
 するとドアは手でも開けられるようになり、みんなが中を覗いた。
 部屋の中央ではホルが倒れていた。呼吸しているようには見えないし、顔色も他の人と違う。
「船長!」
 カトゥーはホルに駆け寄って脈をみたりしたが、やはりもうとっくに手遅れのようだ。
 カトゥーはまた泣いた。
 その背にダースが言葉をぶつけた。
「やはりな‥‥これで生きてるのは私とあんただけってわけだ‥‥さっさとはいちまえよ。」
 カトゥーは驚いてダースを見た。
 いきなりの発言に困惑している。
「な、何の事ですか?」
「いつまでトボけてんだ。あんたがみんな殺ったんだろう!?」
「な、何いってるんです! なぜ僕が‥‥?」
「私はよそ者だ。少なくとも私に動機はない。あんたらがどんな理由でいがみあっていたのかは知らんがね‥‥」
「違う! 僕じゃない! あなたに‥‥僕らの何がわかると言うんです!?」
 カトゥーが本気で怒っていた。
 ボクは初めて、カトゥーが怒っているのを見た。ダースも驚いていた。
「確かにみんな、仲が良かったわけじゃない‥‥僕だって、カークさんやレイチェルさんのわからない所もあった‥‥でもみんな‥‥憎しみ合っていたわけじゃないし、だいいち‥‥決して人を殺すような悪い人達なんかじゃない!!」
 カトゥーは一歩、ダースに詰め寄った。
「みんなただ‥‥悩みながら‥‥考えながらも‥‥自分の思ったように生きようとして‥‥ただそれだけじゃないか!」
 カトゥーはカベに向かって、声もなく泣いた。
 さすがにダースもそれ以上、カトゥーが犯人だとは言わなかった。
 ボクはカトゥーの側をまわっていたら、ダースに向こうへ行くよう言われてしまった‥‥。

 仕方がないのでまたコーヒーでも、と通路に出ると、どこかで警報の鳴る音がしている。
 音はダースの部屋からしていた。
 パネルを見ると、室内で警報が鳴っているためロックを強制解除するとでていたので、ボクは名前を登録してダースの部屋に入った。
 音はインターフェイスから鳴っていた。
 どうやら急ぎの通達が届いていたのでアラームが鳴っていたようで、警報ではなかったようだった。
 ボクはインターフェイスからプリントアウトされていた紙を持って、カトゥーの所へ行った。
 カトゥーは虚ろげにメモを受け取ったが、『軍事通達』と書かれたそれを読むにつれて怒りの感情がこもっていった。
「‥‥輸送中も絶えず観察‥‥いかなる手段をもってしても地球へ‥‥人命の損失もやむを得ない‥‥だって? そういう事だったのか!」
 カトゥーはメモをダースに突きつけた。
「おかしいと思ったんだ! なぜわざわざ民間の船を使うのかって‥‥最初からそのつもりだったんだ!」
 ダースは驚いてメモを受け取り、ボクを睨んだ。
「私の部屋に入ったのか! やはりロボットは信用できん!」
「ベヒーモスの‥‥あのバケモノのデータがほしいから‥‥僕らを実験台にして‥‥」
「‥‥落ち着け! それは万が一の事であって‥‥」
 その時、船の電気がいっせいに落ちた。
「何だ!」
「あ、あなたが! みんな、あなたが、やったんだ! 逃げるぞ、!」
 ダースが驚いているスキに、カトゥーは僕の手を引いて部屋から逃げ出した。
 しかし長い通路まで出たとたん、ベヒーモスがボクらに向かって走ってきた。
 ボクはカトゥーをカベに向かって突き飛ばした。
 ベヒーモスはボクに体当たりをした。
「うわああ!」
「チッ!」
 カトゥーの声とダースの舌打ちが小さく聞こえた。
 ボクはハデに転がったが、幸いにもぶつかっただけで壊れたりはしていなかった。
 本当に丸い形でよかった。
 向こうはどうやらダースがハッチを閉めてくれたようだ。
 何か重いように感じたけれど、ボクはベヒーモスに背を向けて最高速度で走った。
 ベヒーモスはかなり麻酔も切れてきたのか前に遭遇したときよりも俊敏になっていたが、まだ振り返らずに走ればボクの方が早かった。
 しかし甘かった。またもなぜかハッチが閉じていたのだ。
 一体どうすればいいのかわからず、ボクはその場をぐるぐる回った。
 やたら遠心力がかかる。
 ‥‥もしかしたら、さっきどこか壊れたのかもしれない。
 そう思って重いところを見てみると、船長室でカトゥーから預かったパワージャッキをボクはずっと引きずっていた。
 しかも工具だから衝撃に強いのか、まだちゃんと動いている。
 ボクは慌ててハッチをこじ開けた。

 それからボクは、リフレッシュルームを通り抜けて船長室に戻ったが、さすがに二人はそこから移動していた。
 マザー。
 マザーなら何か見ていたかもしれない、ボクはインターフェイスからマザーに繋ごうとした。
「ムダナ テイコウハ ヤメロ コノ フネハ ワタシガ ショウアク シテイル」
 しかし全てのインターフェイスはこう表示するだけで、マザーへ繋いではくれなかった。
 端末‥‥端末なら、インターフェイスとは別物だ。
 ボクは端末室へ向かった。
 残念ながら端末室にも二人はいなかったが、やはり端末はハックされてはいなかった。
「カトゥーサン ト ダースゴチョウ ハ ワタシモ サガシテイマスガ イマノトコロ センナイモニターデモ ミツケラレマセン」
 だってモニターはハックされているよ、と思ったけれど、ボクはマザーの端末にお礼を言って、他のレベルを見に行く事にした。
「ベヒーモスニ キヲツケテ コウドウシテクダサイ」
 端末のマザーは優しくボクを見送ってくれた。
 念のためコールド・スリープ・ルームのレイチェルも確認しに行ったが、カプセルに付いているプレートからは状態は見られなかった。状態を確認できるインターフェイスはやはりハックされていた。
 エレベータはまだ問題なく動いたが、これもいつ止められるかわからない。パワージャッキはできる限り使わずに持っていないと。
 ボクはまず前部エレベータからレベル3に上がった。
 コクピットは全てのモニターにインターフェイスと同じ文が表示されていた。もしかすると軌道から外れているかもしれなかった。
 マザーのいるメイン・コンピュータルームはいつも通りの表示で、中に入ることはできなかった。
 すなわちカトゥーはここにはいないし、マザーはハックされていない。
 一体二人はどこに行ったのだろう。
 ボクは今度は後部エレベータからレベル1へ降りようと、後部エレベータへ向かった。
 すると、あのカトゥー専用状態の倉庫から、何かがエレベータを使ってレベル2へ降りた。
 嫌な予感がする。
 ボクも急いでレベル2へ降りた。
 何かはカトゥーの部屋へと走っていく。
 ボクも目一杯走ったけれど、同じスピードで少しも追いつけない。
 そして、カトゥーの部屋に飛び込んだボクの目に映ったもの。
 机の近くに転がるカトゥー。
 カトゥーから少し離れた所にいるのは‥‥ボクそっくりのロボット。
 動かなかった、ボクのお兄さん。
 そんな。
 君もカトゥーに作ってもらったのに。
 せっかく動けたのに。
 どうして。
 ‥‥ボクらがにらみ合っていると、そこにダースもやってきた。
「‥‥!! こ、これは‥‥どういうことだ!」
 ボクは部屋の入り口から中の方へと蹴飛ばされ、ダースからレーザーを向けられた。
「ク、クソッ‥‥レイチェルのカプセルを止めたのもこいつに違いない! めんどうだ。まとめてブッこわしてやる!」
「ま、待って‥‥なら‥‥こんなことしません‥‥するはずが‥‥」
「‥‥チッ!」
 こんなにケガだらけなのに、カトゥーはボクを助けようとしてくれる。
 ダースは考えながら後ろへ下がり、ボクらのどちらも逃げられないようにドアをふさいだ。
 早く、早くボクが本当のだってわかってもらわないと、カトゥーの手当もできない。
 でも、どうしたらそれを証明できる?
 強ければ本物なんてのは、何の基準にもならない。
「‥‥‥‥」
 カトゥーはボクらに向かって言った。
「本当のなら‥‥僕が最初に‥‥なんて‥名前をつけようとしたか覚えてるはずだ‥‥」
 最初の名前。
 そうだ、確かカトゥーは、その名前は安直だからって『』に変えたんだ。
 ちゃんと覚えてる。
 コロ。
「こっちか!!」
 ダースはもう一つの方のロボットを打った。
 ロボットは歩行システムが壊れたようだが、まだ動こうとしている。
 やがてそれを諦め、かわりにしゃべり出した。
「ムダナ テイコウハ ヤメロ」
 全員が驚いた。
 カトゥーはボクを制作するにあたり、声帯は組み込んでいなかったからだ。
 もちろんボクの試作品であるこのロボットにも組み込んではいなかった。
 ボクはこのロボットが動かないかいじってみたから、間違いない。
「コノ フネハ ワタシガ ショウアク シテイル オマエタチノ イノチモ ワタシノ イシシダイダ」
「誰かがこいつを遠くであやつっているんだ! 貴様、一体何者だ!?」
 少し間をおいて、ロボットは答えた。 
「OD−10/コギトエルゴスム」
 それだけ言うと、ロボットは完全に止まった。
 ダースはさらに念を入れて、レーザーを打った。
「カトゥー! OD−10ってなんだ! 知ってるか!」
「こ‥‥この船‥‥の、メイン‥‥コンピュータです。」
「しっかりしろ!」
 聞いてから、ダースはカトゥーのケガを思いだした。
 さいわいほとんどが打ち身で、切られたり骨折したりはしていなかった。
 ダースはカトゥーの手当をしながら尋ねた。
「メイン・コンピュータだと? 誰かがそいつをいじったってことか?」
「そ、それはムリだ! 本社へもどらないとプログラムは変えられない‥‥」
「なら、何だ!? コンピュータ自体がおかしくなったとでも?」
 ボクとダースはカトゥーをベッドに寝かせた。
「わ、わかりません‥‥で、でも、その可能性も‥‥」
「だとしたら‥‥我々は‥‥今までコンピュータのいいようにされてきたってことか!」
 ダースは悔しそうに、カベを叩いた。
「とにかくメイン・コンピュータのところへ行くぞ!」
 そしてボクに向かって言った。
「いっしょに来るんだ。お前まで操られたら、また面倒な事になるからな!」



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