『 異 常 』

 何事も学習ということで、ボクはもう一つのエレベータからレベル1へ降りることにした。
 メイン・コンピュータ・カプセルで左右に分かれた通路は、メイン・コンピュータ・カプセルを回るとまた一本道に合流している。 それをそのまま進んでいくと、もう一つのエレベータ・ルームに突き当たった。
 エレベータ・ルームにはもう一つドアが付いていて、そこはコクピットだった。
 コクピットではレイチェルが何か仕事をしていた。
 レイチェルもボクが入るとすぐにこっちを見た。
「来たわね!ここがこの船のコクピット。ここで船の全てを動かすのよ。 私たちが眠っている間はメイン・コンピュータが替わりにやってくれるの。」
 レイチェルは通信機を頭に付けて、何やらモニターで操作している。
「私は通信士なのよ。これからアンテナとか、いろんな所をチェックしなきゃ。」
 宇宙の景色を見ようとコクピットの前の方に行くと、そこにはカークがいた。
「お、よく来たな。お前もこの景色を見たいのか?」
 カークはそう言うなり、ボクを運転席の空いているスペースに上げてくれた。
 真っ暗な宇宙の中でたくさんの星が、散りばめられたガラスの欠片のようにキラキラしている。
 ボクの辞書の中にも宇宙の事は書いてあるけれど、直接目から入ってくる情報はそんなものとは全然違った。
「地球からは見えないからな‥‥しっかり目に焼き付けておけよ! といってもお前はここで生まれたんだったな。」
 宇宙の中でもひときわきれいなのは、この船がまっすぐ向かっている星だ。
 見たこともない、深みのある青に光る星。
「前に見える青い星が、もうすぐ辿り着く私たちの故郷なの。地球っていう星よ。」
 地球‥‥こんなにきれいな星に、ボクはこれから行くんだ‥‥。
「もう少し近づいて地球との通信が安定したら、もっと色々地球のことを教えてあげるわね。」
 レイチェルは作業に手を戻した。
 ボクはしばらく宇宙を見ていたけれど、カトゥー達が『ベヒーモス』を見に行ったのを思い出したので、カークの傍から離れた。
 その時カークが言った。
「あんまりヒューイにくっつかない方がいいぜ。臆病カゼが移っちまうからな!」
 ボクはコックピットを後にした。
 そうそう、位置関係は今度から、コックピットを『前』という基準で記録しておこう。

 レベル1もシンプルで、前部エレベータを降りた正面がコンテナエリアで、他はコクピットの真下になる部分にエアロックがあるだけだった。
 コンテナエリアは宇宙の生活に必要な物や、あちこちの星から地球へと運ばれていく荷物などが、それぞれのコンテナに詰められてきちんと並べられていた。
 後部エレベータはコンテナエリアの一番後ろの壁に見えている。
「へえー‥‥ きれいですね‥‥」
「だろう?」
 コンテナエリアに入ると、カトゥーとヒューイの声が聞こえた。
「カークさんは見たくもないって言ってたけど‥‥」
「人間は自分と違う存在を受け入れられないものさ‥‥」
 広いコンテナエリアの中に、一つだけ他のコンテナから離されて、特殊な金属製の巨大コンテナがあった。
 二人の声はその中からしているようだ。
「悪い人じゃないけど‥‥ 僕にはカークさんがよくわかりません‥‥」
「‥‥だが宇宙を開拓してきたのは、ああいう強い人間さ。」
 頑丈そうなコンテナは、入れと言わんばかりに大きな口を開けている。
 中を覗くとそこに二人はいて、二人はコンテナの中の、さらに頑丈な檻に閉じこめられている何かを見ながら話していた。ボクの位置からじゃ檻の中は見えない。
「僕はさいきん‥‥ レイチェルさんのことがわかりません。カークさんとヒューイさんて、正反対の人じゃないですか‥‥」
 今度はヒューイは何も答えなかった。
 ボクが中にはいると、二人はすぐに気付いてくれた。
「あ 。こっちに来てごらん。」
 ボクも一緒に、檻の中を覗いた。
 ヒューイが何かボタンを押すと、小さいモニターに『ベヒーモス』という字と、檻の中の何かの4面写真が映された。 もう一つボタンを押すと、スピーカーからそれの特徴を説明する声が流された。  ‥‥ベヒーモスは個体数が少なく、とても珍しい生き物であること。 ‥‥その虹色の体毛のため、高値で売買されたりすること。 そしてひどく凶暴で、猛毒の牙を持つこと。
「僕らが運んでいる荷物さ。きれいだろ?」
「こうして見ているだけならね。キレイなバラにはトゲがあるって言うが‥‥ こいつはトゲじゃすまない。2本の巨大なキバがあるからね。」
 カトゥーの言葉に、すかさずヒューイが一言付け足した。戒めるように。
 でも、確かにその虹色の毛はきれいだった。
 そのとき、モニターにレイチェルが映った。
「ちょっとコクピットへ来てちょうだい。通信システムの調子がおかしいわ。手伝ってほしいの。」
 カークが早く来いよと言い、カトゥーとヒューイは苦笑いして、すぐに行く、と答えた。
「別に見てもかまわんが‥‥ これは軍に関係した仕事だっていうのは忘れないでくれたまえ。」
 その突然の声に、ボクらはそろって驚いた。
 ダースだ。
「すみません。」
 カトゥーが謝ると、ダースはフンと言って、どこかへ行ってしまった。
「そうだ、途中で倉庫前の床下を見てくれないか?」
「わかりました。」
 ヒューイとカトゥーは話しながら歩いていった。
 ボクも後に付いていこうとすると、もう一度ダースが現れた。
「お前もだぞ‥‥ あまりそこらへんを、いじりまわすなよ。」
 それからボクを睨んで、またどこかへ行ってしまった。
 すぐにボクはコンテナをロックして、コクピットへ向かった。
 高性能なそのコンテナは、少しのボタン操作で厳重なロックをかけることができた。
 コンテナエリアを出ると、ちょうど二人は床下の点検を終えたようで、ボクらは前部エレベータからレベル3へ上がった。
 
「はっきりした原因はわからないんだけど、どうも変なのよ。地球からの受信はできるけど、こちらからの送信がうまくいかないの。」
「船長はなんて?」
 深刻な顔で告げるレイチェルに、ヒューイがすかさず訊ねた。
「くわしく調べてから。対策を考えようって。」
「‥‥カンペキにブッ壊れるまで待つってのはどーだ?」
「そんな‥‥」
「通信は一方通行じゃ、意味がない‥‥ 今もう、すでに地球と繋がらなくなってるんだ。とりあえず急いでこちらの状況を伝えなきゃ。」
 それほど深く考えていないカークにカトゥーは何か言おうとしたが、ヒューイが代わりにレイチェルの言ったことの意味を詳しく説いた。
「子アンテナの方は調べました?」
カトゥーは何か手伝えないかと、レイチェルに聞いた。
「そっちは大丈夫。この通信システムは、日本のワタナベ式ウェイブステーション‥‥ 親アンテナと子アンテナは、独立しているから心配ないわ。」
「ああ、メンドくせえ!」
 カークが突然椅子から立った。
「いっそ外に出て直接調べちまおう。なに、オレが行って、ちょちょいっと直してきてやる。」
 言うが早いか、カークはコクピットから飛びだした。
「しょうがない‥‥ カークといっしょに船外に出てくれるかい?」
 ヒューイはカトゥーに頼んだ。パイロットのカークよりもメカニックのカトゥーの方が、修理とかそういう作業は得意だからだ。もちろんカトゥーはそれを引き受けた。
「それじゃエアロックへ行って手伝ってくる。後はコクピットにもどって君のサポートをするよ。」
 ヒューイがそう言い、三人はエアロックへ向かった。
 ボクには何もできないから、レイチェルと待っていることにした。
「‥‥もう少しで地球だから‥‥ヒューイと二人っきりになる事はないと思ってたのに‥‥」
 レイチェルがそう呟いた気がした。
 それからモニターがブゥンという音を立てて、黒ひげのホルを映した。レイチェルが報告のために、船長室のモニターと繋いだみたいだ。
 でもアンテナが故障しているせいか、ノイズが出ていて目が疲れそう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何だ?」
「さっきのアンテナの件ですが‥‥ カークとカトゥーが船外へ出て、直接調べることになりました。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥わかった、よろしくたのむ。」
 プツンと音がして、モニターは再び外の壊れたアンテナを映すものに切り替えられた。
 ホルってこんなしゃべり方をしていたかな。でもボクはミーティングで話したきりだから、よくわからない。
「‥‥? 具合でも悪いのかしら?」
 ボクは今度は確かに、レイチェルの呟きを聞き取った。
 それからレイチェルは何度かアンテナの動作チェックをしていたけれど、カークとカトゥーはまだ画面に映らないし、ヒューイも戻ってこない。
 ボクはレイチェルに声をかけて、エアロックに様子を見に行くことにした。

 レベル1へ降りると、何だか大きな声がする。ボクはあわててエアロックを覗いた。
「や、やめてくれよ!」
 ちょうどその時、ヒューイがカークを突き飛ばした。カークはそれで逆上し、ヒューイの襟首をつかんだ。
「や、やめて下さい! そんな事している場合じゃないでしょう!」
「ふざけんなコノ野郎!」
 カトゥーは二人を止めようとしている。
 ボクも二人を止めようと、あわてて間に入った。
「オマエはひっこんでろ!」
 ガクン、とひどい衝撃があって、次の瞬間ボクは壁の所にいた。
にやつあたりするのはよせよ。」
「いちいちオレに指図するな!」
 ボクが間に入ったのでヒューイは殴られなかったが、代わりにボクが蹴飛ばされたようだ。
 カークはヒューイから手を離して、大きな声でヒューイに言った。
「カルいジョークをいちいち真に受けやがって‥‥忘れんなよ! レイチェルはオマエに愛想をつかしたんだって事を!」
 それからカークは宇宙服を着た。カトゥーもボクに大丈夫かと声をかけて、大急ぎで宇宙服を着た。
「ウロチョロしてて外へすい出されないよう、気をつけな!」
「どこも壊れなかった?」
 カークとカトゥーがそれぞれボクに言って、それから二人は隣の小さな部屋に入った。
 ヒューイがボタンをさわるとその部屋との間のハッチが閉まり、それから小部屋と宇宙空間を仕切っていたハッチが開き、二人はアンテナの方へ泳いでいった。
「さっきは変なとこ見られてしまったな‥‥ 人間っておかしいだろ‥‥?」
 ヒューイはボクに話しかけたが、別にボクが聞いていてもいなくても良いような、そんな話し方だった。
 ボクらはコクピットへ戻った。

 コックピットへ戻ると、レイチェルとヒューイはいろいろな操作を始めた。
 ボクはカトゥーの席にいた。
「レイチェル こっちは準備いいよ。」
「わかったわ。」
 ちょうどこっちの準備が出来たときに、カークからの連絡が入った。
「よーし、アンテナに着いた。はじめるぞ。」
「OK。それじゃ、まずカトゥー君がパスワードを入れて‥‥ メンテナンス・モードに切りかえてちょうだい。」
 レイチェルは二人をナビゲートした。
 船の外にはモニターもカメラも少なく、ほとんど音声だけでやりとりしないと行けないから、レイチェルは大変だ。
「ええっと‥‥ W・A・T・A・N・A・B・‥‥あれ‥‥カークさん?」
「‥‥い、いや、なんでもない。」
「大丈夫?」
 レイチェルが訊ねた。カークは心配するなと言い、二人はまた作業を続けた。
 だが、再び。
「‥‥う うう!」
「カ‥‥カークさん!?」
「ねえどうしたの?」
 二人から返事が返ってこない。
「ど、どうしたの!?」
 音しか聞こえないという情報の少なさが、こちらの緊張をさらに高める。
「‥‥ねえ返事してよ! 一体何があったの!?」
「た、大変だ! カークさんの生命維持装置が! すぐもどります!」
 カトゥーの言葉を聞いて、ヒューイはすぐさまコクピットを出ようとした。
「レイチェル、君は医務室の準備だ! 僕はエアロックへむかえに行く!」
「私が行くわ!」
「エアロックは僕の持ち場だ。カ、カークなら心配ないよ。彼は、ちょっとやそっとで‥‥」
 レイチェルはもう完全に取り乱していた。ヒューイもなんだか動揺していた。
「あなたに何がわかるの!? 私は行くわよ!」
 言うが早いか、レイチェルはコクピットからとびだしていた。
 ボクも後を追うようにエアロックへ、ヒューイは医務室へ向かった。
 
 次に全員が揃ったのは、コールド・スリープ・ルームの向かいにある、医療室でだった。
 ヒューイとダースがカ−クの宇宙服を脱がせ、いろんなメータを付けたりスキャナを撮ったりした。
 しかしテレメータの音は次第に弱まっていく。
「カーク‥‥!!」
 レイチェルはカークが返事しないかと、何度も何度もカークの名前を呼んだ。
 ヒューイとダースは交互に心臓にショックを与えたりしたが、とうとうテレメータは直線を描くだけになった。
 カークの様子は今までと違い、呼吸はしていないようだし、体も全体が異常な色に変色していた。
 これが‥‥死ぬということ‥‥。
「‥‥船長は?」
 ヒューイがカトゥーに尋ねた。
 しかしカトゥーは呆然と立ちつくし、返事をしない。
「おい!」
「は! よ、呼んできます!」
 ダースの声に我に返ったカトゥーは、大急ぎで医務室を出て行った。
 レイチェルもしばらく無言だったが、カークの宇宙服を持って何処かへ行ってしまった。
「宇宙服の生命維持装置が壊れるとは‥‥ずさんな管理もいいとこだな‥‥。」
 ダースが言い放った。
「チェックは万全だった。」
 ヒューイがすぐに反論した‥‥その後に呟いた。
「壊れるなんておかしいです‥‥」
「あやしいもんだな‥‥ それとも何か? 誰かがわざと‥‥」
 ダースのその一言に、ヒューイは何も答えなかった。
 その時。
 船全体が大きく揺れた。
「‥‥!! 爆発音だ!!」
「な、何だ!?」
 少し余震は残ったが、船は少しすると落ち着きを取り戻した。
 そこにカトゥーが戻ってきた。
 ヒューイは慌ててカトゥーに尋ねる。
「船長は?」
「それが‥‥ 呼んでも出ないんです。」
「一体何が起こっているんだ。」
 ダースの質問には誰も答えられなかった。
「とりあえず爆発音を調べよう!」
「じゃ、私は荷物の様子を見てくる。」
 ヒューイとダースは、それぞれとれる行動をとることにした。
「お前はレイチェルさんのそばにいてあげておくれ。何かあったらコクピットにいるから。」
 ボクはわかったと、カトゥーに返事した。
 カトゥーも爆発音を調べに行った。
 ボクはレイチェルの様子を見に、医務室を離れた。



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